ガールズ&パンツァー 第10話「クラスメイトです!」
ガールズ&パンツァー西住家の問題クリアが残ってるので、さすがに負けなかったですね。
しほママンはみほちゃんのやることなすこと気に入らないみたいだなあ。
やはり結果を出すしかないようで。
桃ちゃんがみほちゃんに一礼したのが印象的でした。
麻子のおばあちゃん無事退院、華ちゃんもママンと和解。心配事がぐっと減ってよかった(^^)
決勝戦に向けてメンテとリストアに精を出すみほちゃんたち。
自動車部&ネトゲメンバーが加わって8チームに。
しかしまほ姉黒森峰の戦力は圧倒的。
これまで不利を覆してきたみほちゃんマジックもそう簡単には通じないでしょう。
新戦車のポルシェティーガ、火力は凄そうですがトラブルも多そう^^;
ゴミと思われてた三式中戦車に愛の手がw
ポルシェティーガには自動車部、三式中戦車にはネトゲチームが乗ることに。
決戦前夜、英気を養うにはやっぱり「カツ」ですよね。
次から次へとカツ料理がww
さおりんアマ無線二級取得!
影の努力も怠ってないのが素敵んぐ(^^)
いよいよ決戦当日、なばちゃんエリカは悪役に徹してるなー^^;
みほちゃんが助けた黒森峰の子がお礼を言うシーンは良かったですね。
すごくみほちゃんは救われただろうし。
西住流に反しようが、彼女の行動は間違ってなかったと言えましょう(^^)
黒森峰の猛攻に初っ端から大ピンチの大洗女子。
うーん、戦力が違い過ぎますね。
まほ姉の陣頭指揮も的確です。
早くもフラッグ車がエリカに仕留められる!?
うまく動けない三式中戦車が偶然弾道に入ったので辛くも試合終了は免れました。
でも直撃を食らった三式はあえなく戦闘不能。
ネトゲチームまさかの噛ませさん^^;
ってところで引きになり、制作間に合わずで本編残り2話は3月に持ち越しとなりました。
この間はじっくりDVDでこれまでのお話を楽しもうと思います。
映像特典超期待♪

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コメント
Pティガーはしょうがない^^;;ポルシェ博士が趣味で創ったような物ですからね。
ヘイシェル社が製造した堅実なティガーと同じエンジンで装甲をより厚いのにしてるのでただでさえ重量過多なうえにミッション系も先進的な物で信頼性の無い物で途中で生産中止されましたからね。
2012-12-18 18:09 m URL 編集
やっぱりそうだった……秋山さんが説明するシーンは完全に宮崎駿氏の“豚の虎”と同じ構図でした、狙いやがったな監督とその一同(笑)。とにかく作ってみて走らせましたって感じで幾ら自動車部でも難物になる事は必須。って言うかここの自動車部は就職先が陸自になりそう……ある意味ハイスペックですよ。
このティーガーはポルシェ社とヘンシェル社の競作となりましたがこのPティーガーはご覧のありまさで……まあポルシェ社も採用されると見込んで車体を作って用意していた時にこれですからねぇ(笑)、所が災い転じて福となす様にこの車体を流用したのがエレファント重駆逐戦車となりました。
タミヤさん、ここは是非ハンスとドランジ予備大尉付キットを……。
(二人とも『豚の虎』の主人公)
・軽駆逐戦車ヘッツアー
38式駆逐戦車ヘッツアーは38tの足回り(この場合はクローラーやサスペンションの事)とエンジンを流用した軽駆逐戦車です。ヘッツアーとはドイツ語で“狩りの勢子(勢子とは物音を立てて獲物を狩人の近くまで追いたてる役目の事)”です。このニックネームは別の次世代駆逐戦車に与えられるはずでしたが……Ⅲ突を生産していた工場が爆撃されてドイツ軍の首脳陣はチェコスロバキアのBMM社に突撃砲の生産できないか尋ねたら24tの突撃砲を持ちあげるクレーンが無いから無理、ならBMM社の今ある施設で出来る突撃砲を開発しちゃぇと……所がこの軽突撃砲はⅡ号戦車L型ルクスの競争に敗れた新型38t戦車の足回りを流用しているのがポイント。まあこれも使いずらく初陣のワルシャワ蜂起(1944年8月)でも敵兵であるポーランド国内兵士の火炎瓶攻撃であっさりやられてます。
1946年にはスイス陸軍が“G-13”と採用し1950年まで生産されてました。差異こそ異なりますが少し改造すればヘッツアーに見えるので戦後の戦争映画に登場するヘッツアーはG-13である可能性が高いですね。
・四号戦車変わりました
これはシェルツェン(追加装甲)でいわば米軍のバズーカ対策ですね。戦後は着弾すると装甲自体も爆発して威力を相殺する“爆発反応装甲”が開発、対戦車火器が充実した現代も市街地戦ではよくつかわれるようになってます。
・……鹿島臨海鉄道の本業は貨物輸送です
実は本業は工業地帯への貨物輸送で国鉄の線路と同じ幅です、まあ国鉄も戦中や朝鮮戦争時には軍事物質を運びましたから……関係者一同コケたでしょうね、まさか戦車を運ぶの使われるなんて。気動車は6000型で劇中に出て来るのがこの車両。車体広告も受け付けているのでこの作品の車両も走ってます。戦車を載せているのは“車運車”と呼ばれる車両と思われますが……もしかしてコンテナ専用車両かもしれないね。最後尾は恐らくディーゼルカーかもしれないけど……。
決勝戦の場所は陸自の富士演習場、毎年総合火力演習が公開されている場所です。高校野球で例えるなら甲子園、高校ラクビーで例えるなら花園と同じ位の聖地です。下手すると東海道線を走ってますよ……おい、無茶ぶりするなぁ。
今の成田国際空港(当時は新東京国際空港)への航空機燃料輸送を暫定的に一時期していたのでその見返りに地元民に向けに旅客事業をしてましたが……航空機燃料のパイプライン化により廃止。所が1984年に収支では悪くなかったけど国鉄の財政悪化で鹿島線北鹿島駅以北の路線をこの会社が引き受ける事に……そしてJリーグの開始でこの路線は鹿島アントラーズの本拠地であるスタジアムの最寄り駅が北鹿島だったので今では旅客事業が貨物よりも設けているとか。
2012-12-18 19:34 YF-19k(kyousuke) URL 編集
・まほが勝ってしまったら、戦車道の世界はいつもどおり、勝ち負けにこだわるだけの世界になるが、みほが勝てば今までの戦車道の世界がすべてひっくり返るという革命的な結果を残しそう。いうなれば、ナデシコジャパン的な展開が期待できそう。決勝戦を見るのが楽しみになってきた。
2012-12-19 01:15 オラクル URL 編集
Re: タイトルなし
コメントどうもです。
…ウィキ見てきましたが、よくあの状態でヒトラーに見せたなと^^;
おkもらえる自信満々だったんでしょうね。
2012-12-19 16:17 のらりんはうす URL 編集
Re: タイトルなし
今回もたくさんの情報提供ありがとうございます(^^)
鹿島臨海鉄道の旅客営業、今は大洗鹿島線が軌道に乗ってますが…
70年代後半から80年代前半にかけて、知る人ぞ知る鹿島臨港線での旅客扱いは思い返すとすごかったですね。
1日3往復の乗れるもんなら乗ってみろというダイヤ編成、当時関東で最も不便だったと思います。
まあ全くの副業&大人の事情での旅客営業でしたからね。
もし今も営業してたら鹿島港南駅などは秘境駅にランクされたかも。
2012-12-19 16:32 のらりんはうす URL 編集
Re: タイトルなし
コメントどうもです。
予想通りといいますか、姉妹対決となりましたね。
みほちゃんが勝ったら戦車道の歴史的ターニングポイント、
新しい時代を切り開くことになるでしょう。
正々堂々勝利して、家庭の問題も解決すると良いですね。
2012-12-19 16:59 のらりんはうす URL 編集
返信どうもです。本当にJリーグがスタートしたのが幸運でしたね、鹿島臨海鉄道は……秘境駅ブームも凄いですね。
・戦争と鉄道
WWⅡの鉄道の役割は殊更重大で日本軍がビルマ方面への侵攻の為に泰緬連結鉄道(現在は一部タイ国有鉄道南本線ナムトック支線として使用)を建設。敵国だった欧米では“死の鉄道”と呼ばれる程建造時に大変な死者を出しました。何しろ風光明媚な場所ですがとても普通じゃ鉄道を敷設できない個所でしたから……。チョンカイの切り通しやタム.クラセー桟道橋(アルヒル桟道橋)と言った場所は数多くの死者を出してます。
当時ここを走っていたのは日本の蒸気機関車で大井川鉄道に在籍していたC56が当時のまま走った事もあり、現地にも数台残されてます。最近ではミャンマーの経済活性化に伴い廃線区画を復活させる話も出て来ているそうです。
2012-12-19 21:45 YF-19k(kyousuke) URL 編集
Re: タイトルなし
再コメどうもです。
昔はとにかく鉄道輸送、物流の中心は鉄路でしたからね。
昭和40年代前半ぐらいまでは日本の国鉄も羽振りがよかったと思います。
野球チームまで持ってましたからね。
2012-12-22 05:41 のらりんはうす URL 編集